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   HYACINTH・EDITION No.3 
         風信子叢書 第三篇
   詩集『田舎歌』 
     ・目次
      T 村ぐらし      ・・@
      U 詩は        ・・A 
      V 一日は……     ・・B 

 田舎歌  風信子叢書 第三篇


  
 
  T 村ぐらし


郵便函は荒物店の軒にゐた
手紙をいれに 真昼の日傘をさして
別荘のお嬢さんが来ると 彼は無精者らしく口をひらき
お嬢さんは急にかなしくなり ひつそりした街道を帰って行く

   *

道は何度ものぼりくだり
その果ての落葉松の林には
青く山脈が透いてゐる
僕はひとりで歩いたか さうぢやない
あの山脈の向うの雲を 小さな雲を指さした

   *

虹を見てゐる娘たちよ
もう洗濯はすみました
真白い雲はおとなしく
船よりもゆつくりと
村の水たまりにさよならをする

   *

あの人は日が暮れると黄いろな帯をしめ
村外れの追分け道で 村は落葉松の林に消え
あの人はそのまゝ黄いろなゆふすげの花となり
夏は過ぎ……

   *

泡雲幻夢童女の墓

   *

昼だからよく見えた 街道を
ひどい埃をあげる自動車が  
浅間にかゝる煙雲けむりぐも
昼だから丘に坐つた倒れやすい草の上
御寺の鐘がきこえてゐた
とほかつた

   *

 せかせか林道をのぼつたら、虫捕り道具を持つた老人に会つた。彼は遠眼鏡をあてて麓の高原を眺めてゐた。もつとのぼると峡があつた。木の葉が、雲の形を透いてゐた。その下の流れで足を洗つた。すると気分がよかつた。草原に似た麓の林に、光る屋根が見えてゐた。またおなじ林道をくだつた。もう誰にも会はなかつた。しばらくすると村で鳴く鶏を聞いた。はるかな思ひがわきすぐに消え、ただせかせかと道をくだつた。長かつた。

   *

村中でたつたひとつの水車小屋は
その青い葡萄棚の下に鶏の家族をあそばせた
うたひながら ゆるやかに
或るときは山羊の啼き声にも節をあはせ
まはつてばかりゐる水車を
僕はたびたび見に行つた ないしよで
村の人たちは崩れかゝつたこの家を忘れ
旅人たちは誰も気がつかないやうに
さうすりやこれは僕の水車小屋になるだらう

 


 
  U 詩 は


その下に行つて、僕は名を呼んだ。詩は、だのに、いつも空ばかり眺めてゐた。

   *

こはい顔をしてゐることがある
爪を切つてゐることがある
詩はイスの上で眠つてしまつたのだ

   *

あかりの下でひとりきりゐると
僕は ばかげたことをしたくなる

   *

 あゝ、傷のやうな僕、目をつむれ。風が林をとほりすぎる。お前はまたうそをついて、お前のものでない物語を盗む、それが詩だといひながら。

   *

言葉のなかで 僕の手足の小さいみにくさ

   *

或るときは柘榴のやうに苦しめ 死ぬな

   *

詩は道の両側でシッケイしてゐる

   *

僕は風と花と雲と小鳥をうたつてゐればたのしかつた。詩はそれをいやがつてゐた。

   *

夜の部屋のあかりのなかで詩は
目をパチパチさせながら小さい本をよんでゐた
それは僕の書いた小さい本だつたが
返してくれたのを見るとそれに詩が罰点をつけてゐた

   *

小径が、林のなかを行つたり来たりしてゐる、
落葉を踏みながら、暮れやすい一日を。

   *

カーネーションの花のしみついた鋪石を掘りおこすとその下で鼠がパンをかじつてゐた。パン屑はアスパラガスのやうな葉が茂つてゐるので、人は、水のコップを手に持つてあちこちあはてて歩くことがあつた。

   *

詩は道をステッキでためしてゐた
長い道の向うまで日があたり
衰へた秋のかげが背中で死んだ
詩は背中をまるくして歩いてゐた 
 



 
  V 一日は……


   T

揺られながら あかりが消えて行くと
鴎のやうに眼をさます
朝 真珠色の空気から
よい詩が生れる

   U

天気のよい日 機嫌よく笑つてゐる
机の上を片づけてものを書いたり
ときどき眼をあげ うつとりと
窓のところに 空を見てゐる
壁によりかかつて いつまでも
おまへを考へることがある
そらまめのにほひのする田舎など

   V

貧乏な天使が小鳥に変装する
枝に来て それはうたふ
わざとたのしい唄を
すると庭がだまされて小さな薔薇の花をつける

   W

ちつぽけな一日 失はれた子たち
あて名のない手紙 ひとりぼつちのマドリガル
虹にのぼれない海の鳥 消えた土曜日

   X

北向きの窓に 午すぎて
ものがなしい光のなかで
僕の詩は 凋れてしまふ
すると あかりにそれを焚き
夜 その下で本をよむ

   Y

しづかに靄がおりたといひ
眼を見あつてゐる――
花がにほつてゐるやうだ
時計がうたつてゐるやうだ

きつと誰かが帰つて来る
誰かが旅から帰つて来る

   Z

もしもおまへが そのとき
なにかばかげたことをしたら
僕はどうしたらいいだらう

もしもおまへが……
そんなことをぼんやり考へてゐたら
僕はどうしたばかだらう

   [

あかりを消してそつと眼をとぢてゐた
お聞き――
僕の身体の奥で羽ばたいてゐるものがゐた
或る夜 それは窓に月を目あてに
たうとう長い旅に出た……
いま羽ばたいてゐるのは
あれは あれはうそなのだよ

   \

眠りのなかで迷はぬやうに 僕よ
眠りにすぢをつけ 小径を だれと行かう